移住者紹介

IMMIGRANT

海のそばで、木と生きる。横浜の木工職人が高鍋で挑む“地域おこし”。

地域おこし協力隊・ウッドクラフトマン

西村 真人さん

都市部から地方へ移住し、地域活性化に取り組む「地域おこし協力隊」。
宮崎県高鍋町にも、クリエイターや管理栄養士、ITエンジニアなど、多彩な経歴を持つ隊員が集まっています。
その中のひとり、ウッドクラフトマン/木工職人の西村真人さん。
横浜市で14年間『ぶち木工』として活動し、家具製作で培った木工技術を活かしながら、食器や文具など、生活に寄り添う雑貨を生み出しています。
そして2024年冬。
想定外に、“高鍋町”が西村さんにとって新たな挑戦の舞台となりました。

ものづくりの経験活かし、新たなフィールドへ。

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―どうして高鍋町「地域おこし協力隊」の道を選んだのですか?

横浜市・洋光台に構える工房の移転を考えていたとき、知人の結婚式で偶然再会した高鍋町出身の友人から「地域おこし協力隊という仕事があるよ」と教えてもらったことがきっかけでした。
宮崎県には、20代の頃に旅行で一度通りがかったきり。
だから、高鍋町への移住は、まさに降って沸いた選択肢でした。

⋯とはいえ、決断にかかった時間はたった数日なんですけどね(笑)

―決断が早い! 海をまたぐIターンとなると、不安もありそうですが…。

それが、まったくなかったんですよ。
もともと神奈川県内や東京近郊で良い場所を探していて、そこから比べると確かに大移動にはなりますね。
ただ僕には妻子がいるわけじゃないですし、場所は大きな問題ではなかったんです。
それより、木工職人として、 “新しい挑戦に向かえる期待”のほうが勝っていました。

当時、募集されていたのは「フリー・ミッション型」の地域おこし協力隊。
つまり、自分のスキルやアイディアを活かして地域貢献ができる人材が求められていました。
それを知って、「これまで培ってきた木工の技術を活かしながら、新しいフィールドで挑戦するチャンスだ」と感じたんです。

コロナ禍では、イベントもワークショップも軒並み中止になるなかで、特注品や友人のクラウドファンディングの返礼品を手がけるなどして、なんとか制作を続けていました。
隣町に行くのすらはばかられるような、さまざまな“制限”を強いられる生活。苦しい経験でしたね。
しかしその経験があったからこそ、「今までにない挑戦がしたい」という強い気持ちが生まれたんだと思います。

“まち”とつながることで、これまでの『ぶち木工』の枠を超える大きな挑戦ができるかもしれない――そんな期待が、背中を押してくれました。

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〔西村さんの作品の持ち味は、「寄せ木細工」。
木材本来の色味や木目を活かしながら組み合わせ、新しい質感を生み出す。
素朴でありながら個性が際立つ、まさに作り手の人柄を表す作品たち。〕

工房ごと海を渡り、出会った“海と余白のある暮らし”。

―新居はすぐ見つかりましたか?

運良く、知り合いのツテで自宅兼工房にできる広い一軒家が見つかりました。
ただ、工房の移転となると、それはもう大変でした。

生活に必要なものは着任前の11月に運び込み、工房の引越しは1月下旬に実行。
横浜から大量の木材・工具・機材を運ぶために軽トラをレンタルして、業者に頼まず陸路と海路で二往復。

その旅の様子は「高鍋町 地域おこし協力隊」Webサイトのブログにしたためていますので、よかったら読んでください!

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〔以前の工房の様子(横浜市・洋光台)〕

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〔横浜→神戸は陸路、神戸からフェリーに乗って宮崎へ。
長旅を支えた軽トラとともに。ブログは本ページ下部のリンクから。〕

―実際に暮らしてみて、高鍋町の環境はいかがですか?

海や山がすぐ近くにあるのに、街も整備された公園もある。
“田舎すぎない”のが心地よく、ちょうどよい暮らしです。

海や川のある風景は、昔から僕にとっての “心の避難所”でした。
学生時代に大失恋したとき、海を見に行って救われた経験があるからかも(笑)
特にサーフィンをするわけでもなく、ただ眺めているだけでいいんです。

今の住まいからは徒歩5分で海。
夏でも人で溢れることはなく静かで、自然と足が向きます。

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ちょっと疲れたときなんか特に、でっかい海を眺めると、元気がもらえるんです。
早朝に浜辺を訪れて、水平線から昇る朝日が見られるようになったのも、高鍋に移住してから。本当にキレイですよ。

丘に広がる石像群に息づく、高鍋のアート。

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海以外にも僕が惹かれている場所があります。
それが、丘に広がる約750体の石像群「高鍋大師」。

高鍋町のシンボルでもあり、どの石像も本当にユニークなんです。
水戸黄門や動物モチーフがあったり、目にプラスチックなどの異素材が使われていたり。表情も一つひとつ違う。
なかには6mを超える巨大な石像もあります。

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〔石像の制作者である故・岩岡保吉氏。
昭和初期、盗掘被害にあった古墳群の霊を慰めるため、四国八十八カ所を再現しようと制作を開始。
40歳を過ぎて彫刻技術を学び、84歳の晩年に至るまで一心に制作を続けた。〕


彫刻家の友人に写真を見せたら、彼も興味津々のようでした。
先祖への想いと創作の喜びが、石像から滲み出ているからかもしれません。
そのエゴイスティックなまでの“情熱”は、僕自身にも少し重なる部分があるんです。

若い力とともに、まちのカルチャーは進化する。

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―地方は「アートに触れにくい」といわれることもありますが、どう思いますか?

たしかに、美術館やギャラリーの数だけで言えば、都市部のほうが圧倒的に多いのは事実です。
でも僕は、この環境だからこそ“深まる”ものがあると思っています。

高鍋高校と高鍋農業高校の合同のまちづくりチーム「NABEGO」が、月に一度、高鍋駅で開催しているマルシェ「月市」。
僕も出店しているのですが、そこで出会う高校生たちのディープな知識にいつも驚かされます。
写真、木工、鉄道…それぞれ“自分の好き”を一点集中して掘り下げている。
話していると学ぶことが多く、僕も楽しくてついついしゃべり過ぎてしまうほど(笑)

今はWebやSNSで情報が得られるから、どこにいたって“好き”を磨ける時代。
むしろ地方にいるからこそ1つのものを“深掘りする力”が鍛えられるのかもしれないと、彼らがそう思わせてくれます。


―最後に、木工職人として高鍋町で実現したいことを教えてください。

今年(令和7年)3月に高鍋駅の大規模改修工事が終わって、その際に伐採された木材があります。
これを使って高鍋町らしいオリジナル商品を作るのが、当面の目標です。

移住の経緯を振り返ってもそうですが、これまで、“人との出会い”が変化や進化のきっかけをくれました。
「月市」の出店やワークショップ、高鍋農業高校での講話など、地域おこし協力隊として活動するなかで、今後さらに繋がりは増えていくはず。
そのなかで、僕の“ものづくり”はどう広がっていくのか。
自分でもすごく楽しみです。

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